『ECR2023に参加して』
神戸大学大学院医学研究科 放射線医学分野 村上 卓道先生
この度、オーストリアのウイーンで開催されたECR2023に参加しました。COVID-19禍の為に、3年ぶりの参加です。先週まで寒かった神戸が少し暖かくなりだしたところでのウイーン出張で寒さに逆戻りかと思いましたが、温暖化の影響かウイーンはさほど寒くはありませんでした。
こちらに来て驚いたことは、こちらではマスクをしている人はほぼおらず、電車内でも、学会場でも、狭い部屋でもCOVID-19禍前のように普通に大声でしゃべっていました。昨年のRSNA2022や2月のタイでのアジアオセアニア放射線学会(AOCR)に参加した時もマスクをしている人は少なかったですが、それでもお店の店員さんなどはマスクをしていましたし、会場も2割程度はマスクをしていました。マスクに慣れている私としては非常に不安に感じ、異様な目で見られながらも、電車内はなるべくマスクをしていました。
もう一つ驚いたことは、学会場は非常に盛況でCOVID-19禍前程度の賑わいに見えるのですが、日本からの参加者が非常に少ない点です。私の見た限り10名程度しか出会いませんでした。企業の方を含めても20数名ほどでしょうか。ただ、よく見ると日本だけでなくアジアからの参加者が少ないように感じました。COVID-19禍や飛行機がロシア上空を飛べないこともあって、時間と費用が嵩むのが原因でしょうか。
学会のトピックスは、RSNA2022と同じく、やはりPhoton counting CTです。高分解能、低線量、高画質、常時のスペクトラル画像を同時に可能とする技術での研究成果の発表が多く出されていました。現在、臨床機として世界で60台ほど稼働しているそうですが、その内6台が今年度中に日本で稼働予定とのことで、JRS2023でも国内からいくつかの発表が出ることが予想されます。臨床面では、大人はもちろんのこと、特により体が小さく、呼吸や体動の制止が困難な小児患者の画像評価に重要な技術進歩です。将来、すべてのCTがPhoton counting CTに替わっていくだろうと思われました。
AI、心臓領域も多くの発表がありました。Radiomicsに関しては,教育講演といくつかのセッションが設けられており関心の高さが窺われました。ただ、Radiogenomicsはがん患者の予後評価、リスク評価、治療効果予測などの能力を持つ可能性を示す一方でエビデンスレベルが低く、負のバイアスがかかっているため実際の臨床利用は今のところまだ行われていないようすです。これからのRadiomicsの発展に期待したいと感じました。心臓MRIでは弁膜症に関する演題が目立ちました。弁膜症の画像診断は、不整脈リスク、予後予測との関連を評価するまでに発展しているようです。
3月4日に開催されたESR International Forumでは、responsibility of Radiologist as a clinicianと言うタイトルで北米、南米、ヨーロッパ、アジアの各国の先生からの講演がありました。本邦からは、京都府立医大の山田惠先生が、放射線科の専門性と医師会との関係や技師のタスクシフトに厳しく迫る鋭い講演され、会場からざわつきが起こっていました。一部の国では、超音波を放射線科で行うことを死守しようと必死の様子がありました。日本では超音波はとっくに手放してしまっていますが、CT、MRI、核医学で十分地位を確立しています。ただ、臓器別には各診療科の医師も参入してきており、放射線科医としての専門性をしっかりと担保するように努力していかなければならないとひしひしと感じました。
ESRは、AOCRと同じく、ヨーロッパ各国の放射線医学が進んでいる国から少し遅れている国までいろんなレベルでの発表があり、非常にユニークな、勉強になる学会です。若手の先生方も是非参加されて、発表されてはと思います。
『ECR 2023報告記』
慶應義塾大学 医学部放射線科 陣崎 雅弘先生
今年のECRは、アイルランドのProf. Adrian Bradyを大会長として、すべてのセッションがライブ配信されるハイブリッド形式で開催されました。会場は結構な賑わいで(図1)、122か国から約1万7千人の参加者があり、250社以上が出展していたそうです。
図1 受付会場の賑わい
1. 日医放総会紹介のための参加
日本医学放射線学会では、春の総会の主管校が開催前年度のECRでブースを出展し、総会のポスターを展示し参加を呼びかけることになっています。来年(2024年)、当教室が総会を主催するので、医局員5人と一緒に参加してきました(図2)。各国の学会宣伝ブースエリアが会場1階奥に割り当てられており、今年も全世界から20くらいの各国の放射線医学会がブースを出していました。Covid-19感染症の影響で、日医放がブースを出すのは久しぶりとのことでした。
ブースは現地在住の日本人の方が例年サポートをしてくれているそうで、今年もブースに来てくれた方にポスターを配布してくれたり、おにぎりやお茶を提供してくれました。驚いたのは、ブースに立っていると非常に多くの国の方々が訪れてくれて、日本は大好きでぜひ学会にも参加したいのだが参加費はいくらかとか、留学の問い合わせはどこにすればよいかなど多くの質問を頂きました。リトアニアから来たという放射線科医が、日本に行ってみたいというので理由を聞くと、「杉原千畝は戦時中のリトアニア大使でユダヤ人の多くをビザ発給で救ったので多くのユダヤ人が感謝をしており、今もリトアニアの日本大使はとても尊敬されている。そんな日本に行ってみたい」ということでした。杉原千畝の名前をECRの会場で聞くとは意外でしたが、いずれにしても日本に関心をもってくれている人がたくさんいるということを実感でき、嬉しく思いました。
図2 日医放総会紹介のブースにて
2. ECR大会
初日の夕方に開会式が行われましたが、オーケストラの演奏と共に開会し(図3)、大会長の挨拶や3人の名誉会員と3人のゴールドメダリストの紹介など、1時間半くらいの会でした。会長の挨拶では3つのことが語られました。1つは、会長が今年のテーマとして掲げた“Cycle of Life”の由来の説明で、放射線医学は、生まれる前から死んだ後にも全ての人生のサイクルにおいて関わりがあるという視点から選んだそうです。実際に大会のシンポジウムでは1つの疾患や病態に対して小児から大人までの画像所見を議論するような形式になっているものもありました。2つ目は、未来の放射線医学へ向き合う姿勢についてで、1980年代のサイクリングマラソンの例を挙げ、挑戦者が前年度優勝者に勝ったが、それは挑戦者は態勢を低くする、ギアを改良するなど、新しい試みを取り入れたのに対し、前年度優勝者はひたすら力強くこぎ続ける努力をしていたことによる。この結果は放射線医学にも当てはまり、新しい技術をタイミングよく取り入れれば素晴らしい発展をもたらす。これまでにも行われなくなった画像検査はいくつかあり、たゆまない技術革命により10年後の放射線医学は今と同様ではないということを常に意識しておくべきであると言われていました。3つ目は、今現在、患者に関わっているのは各診療科の医師(clinician)で、放射線科医は関わりはないと思われがちであるが、放射線科医も読影室に籠っている人ではなく、clinicianの一人になるべきである。Clinical teamに存在している一員として読影レポートを提供するだけではなく、常に患者さんと話をしたり各診療科の医師と話をしたりして、自分を必要とされる存在にしていかなければいけないと話されました。この3番目の内容は、RSNAでもECRでも強調されていることですが、直接患者と接するという点は私には乳腺領域以外はハードルが高いようにも感じていますが、欧米のリーダーと話すと本気で考えているようで、欧米が今後どのように展開していくのかが楽しみです。
演題では今最もホットなphoton counting CTを中心に聞きました。口演とポスター展示合わせて50題以上の演題があり、8割はシーメンスで、残りはGE、フィリップス、キャノンでした。また、これと連動してかdual energy CTの演題数も75演題と多数出ており、その多くをシーメンスとフィリップスが占めていました。いよいよ単色X線CTの時代に入っていくのだろうなという予感をさせるものがありました。ただ、国内でキャノンの高分解能CTを見ている我々にとっては、2 binのphoton counting CTがどのように臨床を変えるのかについては更なる検討が必要なのだろうと思いました。
図3 開会式のオーケストラ
3. ESR(European Society of Radiology)総会
最終日にESRの総会にオブザーバーとして参加しました。ESRは186の国から13万人の個人会員が属しているらしいです。理事長報告では、ESRの目標は、①医療における放射線科医の可視化を促進、②患者診療において異なる領域の専門家との学際的協働を強化することと報告されました。変革の時代の中で、放射線科医の役割は多面化し、新しい技術の導入や研究において放射線科は医療の革新に大きく貢献し、放射線科の将来は次世代がどのくらい他領域と交流・協働できるかにかかっている、患者と直接関わること、他国の学会、他領域の学会と交流することが重要と話していました。
その一端として、ESRの分科会のESOR ( European School of Radiology)は、放射線医学を一貫した学問として理解でき、同時に教える側の参考にもなるような基本的な内容を盛り込んだ教科書(eBook for Undergraduate Education in Radiology)を作成したことが報告されました。また、ESORはいくつかの奨学金やfellowshipを提供していること、更には、放射線医学の質と安全を担保するQuADRANTプロジェクトが放射線医学的手法の臨床監査についての本を出版したことも報告されました。
また、今年の1月に欧州がん画像連盟(EUCAIM)が設立され、10万人以上の患者から得た6000万件以上の匿名化されたがん画像アトラスを構築し、病理学、分子学、検査データとリンクさせていくことが報告されました。このアトラスは、AIツールの開発のためにEU全体の臨床医、研究者がアクセスできるようにし、4年間のプロジェクト終了までに15か国に拡大する予定とのことでした。
4. ウイーン大学
ちなみに、前述の現地在住の日本人の方との会話の中でウイーン大学は世界的に名の知られている学者を多く輩出していて、大学内には輩出した有名人の銅像が並んでいる中庭があり、観光目的で誰でも入れることを知ったので、実際に訪れてみました。大学は、博物館と見間違うような建物で、中庭で銅像の名前を見ていくと、フロイト(精神医学)、シュレディンガー(量子力学)、ドップラ(物理学)、ビルロート(外科)、ボルツマン(統計力学)、ロキタンスキー(病理学)など、医学関係のほとんどの方が知っているような錚々たる学者達の銅像を見つけることができ、感嘆しました(図4)。いずれも19世紀末から20世紀初頭の人たちで、“世紀末ウイーン“と称される時代のウイーンの学術のレベルの高さを改めて思い知りました。思えば、当教室の初代教授藤浪剛一先生も1910年頃にウイーン大学に留学し、ホルツクネヒト先生(単純X線のホルツクネヒト腔)、キーンベック先生(手の月状骨の扁平化の命名者)に師事して帰国し、日本の初の放射線科医として日本医学放射線学会の創設にも尽力しています。”世紀末ウイーン“の恩恵を日医放も受けたことを考えると、日医放の宣伝に来た身としても感慨深いものがありました。
図4 博物館のようなウィーン大学および大学の中庭に面して立ち並ぶ銅像